松橋町(法事の巻)/JA6GRC

第1章 いざ熊本へ

 田舎の父より4月末の日曜日に祖母の17回忌を行うがどうするかとの電話があった。
 父の兄弟だけでの実施を考えているとの事であり、一度は行かない事に決めていたが、たまたま週末に大分への出張が入った。

 これは良いチャンスだ、法事に参加する事と、別途6月に九州でのアマチュア移動運用計画を立てていた事もあり事前調査も兼ねて帰省する事にした。

 大分の出張は予定通り仕事が片付き、大分から熊本行きの高速バスに飛び乗った。
大分市を出発し途中、竹田市を通り阿蘇の外輪山の中を通り、熊本バスセンターまでは約3時間の旅である。山越えをするバスは新緑の牧草地と若葉が芽吹いた樹木の中を快適に走った。

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 途中は牧場や小高い丘が連なり無線の移動運用に良さそうな所が沢山あった。

 九州は日が暮れるのが関東より約1時間ほど遅い。

夕日が落ちて行くのを見ながら早く着かないかと考えていた。出来れば明るいうちに到着しアンテナを設営しておきたかったのだ。

 熊本バスセンターから松橋(「まつばせ」と読む)行きのバスへ乗り換えて約30分で松橋バスセンターへ到着、そこからタクシーに乗り換え約5分、大分を出発して4時間後の夜8時に実家に到着した。さすがの九州も夜8となると真っ暗である。

 お袋さんが晩飯の支度をして待っていてくれたが飯は後回しにしてアンテナの設営に取り掛かった。

前もって電話で親父にアンテナを張っておいてくれるよう頼んでおいた。
 今年73才になる親父に頼むのも悪いのだが、親父は苦労してアンテナを張っておいてくれたのだ。
 家の前の電話用の電柱から約10メートルのロングワイヤーが張ってあった。「親父さんありがとう」頭が下がる。
 アンテナの終端の処理が少しまずかったので親父に手伝ってもらって張り直した。
親父は植木の剪定用に脚立を持っているが数ヶ月前にこの脚立より転落して危ない事があったとの事。無理させるのはもうやめよう。

親父に懐中電灯で照らしてもらい30分でロングワイヤーを張り直してアンテナの準備が出来たところで晩飯とした。

 ビールで乾杯したが、親父のビールが進まない。
どうしたのかと聞くと風ぎみとの事であり、また親戚の人の病気の看病とかもあり親父もお袋もおちこんでいた所との事である。何とか元気を出してもらいたいものである。馬刺しを肴に飲む久しぶりの田舎のビールは美味かった。

第2章 30年ぶりのコールJA6GRC

食事が済みさっそく運用を

 23日金 夜(22時10分~0時32分 43局)

 まずはアンテナと宅配便にて輸送したトランシーバIC706の状況を知るために、お声掛けモードでJA0ARD新潟県の横田さんと交信、59のシクナルレポートを頂き電波は出ている様子で一安心である。
 それではとCQを出すための空き周波数を探す。7.065に空きを探し、22:23JA6GRCのコールサインでCQを出した。

久しぶりに使うコールサインであり、うっかりするといつも使っている JF1RWZが出てしまう。 間違わないようにコールサインとJCG番号を紙に書いて目の前に置いた。

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 最初のCQに答えてくれたのはHL0EXNのkimさん、続けてDS1EXNさんと2局続けて韓国の方にお声掛け頂いた。
 その後は国内のパイルを受けて2分で1局のペースで交信をした。

 この時間帯は近距離はスキップしており、2エリア東海地方より遠くから万遍なく呼ばれた。

初日でもあり1局づつ対応し0時32分にQRMがかなりひどくなったので各局に明日以降の運用スケジュールをアナウンスしQRTさせて頂いた。 

2日目 24日(土)(5時10分~6時35分8局)

 セットしておいた目覚ましが5時に鳴った。混雑した7Mの周波数確保は早起きしかないとは誰もが知っている運用テクニックである。早朝はパイルになる事もなく1局5~6分かけて7MとしてはゆっくりとしたQSOを楽しんだ。

第3章 「フランス料理の人」

        (8時41分~9時25分 5局)

 夜も明けて明るくなったので6時40分~8時までアンテナを再度張り直すことにした。
 アンテナの再設営を終わり7Mをワッチしていたら聞きなれた声が飛び込んできた。
 JG6XSG別府の村上さんだ!村上さんは話しが上手で何時も面白い話をしてくれる。私の妻から「フランス料理の人」とあだ名が付いている人である。

 ある秋の夕暮れ時、妻の運転でお買い物モービル(車に無線を積んで交信することをモービルと言う:最近の小型のトランシーバは高性能で車を運転中にも関東と九州間で楽に交信が出来る)で近くのスーパーへ。私は助手席にて村上さんと交信していた。

b3今夜のおかずに悩んでいた妻から、私がなにを食べたいか決めかねていたので交信相手の人の今夜のオカズは何か聞いてくれとの事。「村上さんちの今夜のおかずは何?」返って来た返事は「フランス料理」であった。

「フランス料理」と言うおかずがあるの?大笑いをして、その後は村上さんの事を我が家では「フランス料理の人」と呼ぶようになったのである。

村上さんから昨日は大分にいたのに声も掛けず通りすぎるとは、とお叱りを頂いたが、事情を説明し、近々必ず行くからとアイボールを約束して勘弁して頂いた。

第4章 墓掃除

        (9時30から11時 墓掃除)

 墓は実家から約500mほど東に行った小高い丘の斜面にある。

墓のある場所からは、南から西方向に平野が広がり水田とビニールハウスの畑が見える。西側の先は有明海であるが海までは霞んでいて見えない。昔は稲作とたばこと畳表にするイグサが中心であったが、最近はハウス栽培のメロン等果物作りが盛んだ。「でこぽん」と言うみかんも熊本が産んだ名物みかんである。

b4墓の近くにある桜から散った花びらの粕が墓石に沢山こびり付いていてこれを落とすのが一苦労であった。桜のシーズンは素晴らしい花を咲かせたのであろう立派な桜だ。

墓石には亡き人の名と亡くなった年が書かれている。これを見ながら「我が家は短命の家系なので健康には注意して健康診断は必ず受けるよう」との親父の意見を聞きながら掃除をした。




第5章 32年ぶりの交信 

       (11時7分~12時8分 10局)

 墓掃除から帰り今日の残りの時間は無線を思いっきりやる事にした。
Eスポが出ていないかと21Mを聞いたが静かである。しかたなく14MでCQを出した。
 2局目に呼んできたのはJA8ABZ/1上野さんだ。上野さんとは実に32年ぶりのQSOである。前回は1967年4月29日10時44分AM(振幅変調)21Mとログに残っている。当時はメーカ製のトランシーバは少なくあっても非常に高価であった。殆どの人が自分で送信機と受信機を作り運用していた時代だ。

 当時のコールで当時QSOした場所からの再会が出来て上野さんも喜んでくれた。
 14Mで10局と交信した所で母親から昼飯の呼び出しがあり、昼飯ブレークとした。昼飯は握り飯である。熊本産の米もなかなか美味い。

昼食後12時40から再開 

      (12:41~16:38 96局)

 50M、21M、18MをワッチするがEスポは出ていなかった。
 7MでCQを出すと近距離がオープンの時間帯のようで6エリア九州各局から声が掛かった。交信記録をみると10分、7分、5分、3分と段々交信時間が狭まっている交信開始後20分でパイルになった。

「下益城郡は始めてです」とか「松橋町の固定局は始めてです」とか皆さんの喜びのメッセージを頂き、来て良かったと思った。

 16時40から昼寝
昼寝にしては遅い時間だが、夜に備えて昼寝をした。
 旅の疲れも少しあってか毛布を持って長椅子に横になるとスーッと寝てしまった。目が覚めると夕食の準備がされていた。

 風呂に入って夕食だ。若アユの塩焼きと海鮮サラダが美味い。久しぶりに食う辛子レンコンも懐かしい味だ。お袋も72才であり首が痛いとの事。無理をせず頑張って欲しいものである。

夕食後 21時より再開

       (21:03~23:30 81局)

 夕食後21時より再開したが、やはり最初の数局は通常のQSOが出来るが、すぐにパイルになる。

 通常私の交信している関東ではこのような大パイルを受ける事はなく、続いても2~30局で終わりになるが、珍しい郡、町となると全国の皆さんに呼んで頂ける。

 昼間は6エリアから4エリア5エリアに応答を頂いたが、この時間帯となると関東、東北と国内の中遠距離からの応答が多くなる。

 JQ2PYB吉田さん(豊橋市)は下益城郡豊野村出身との事、応答ありがとう。6月末の移動運用計画で豊野村を考えており宜しくと伝えた。

 23時を過ぎてもパイルは続いていたが韓国局の混信を受けて交信しにくくなって来た。23時17分 呼んで頂いている皆さんへのお礼と明日の運用予定をアナウンスし7MHzをQRT。その後3.5Mを覗いて1局交信し、2日目の運用を終わった。

 交信は全てパソコンを利用して運用記録を取った。
Hamlogと言うソフトを利用させて頂いているが、ユーザ登録がされていると即座に住所と名前とコメントが表示される大変便利なソフトである。
 入力しながら気が付いたのだが、JAGメンバー(日本アワードハンターズグループ)の方との交信はパイルの中大変スムーズだ。交信に無駄がなくリズムに乗った交信が出来る。私もお声がけの時は参考にしたい。

第6章 法事の日

三日目 4月25日 (日) 

今日は法事の日。朝9時までと夜の運用予定だ。

          (5時~7時30分 2局) 

 5時に起床し7Mをワッチするも雑音が多い。また日曜日とあってバンド中が混雑している。この日の朝飯前の1時間半はワッチをして2局のみの交信であった。

 この雑音源は何だろう。湯沸かしのボイラーか?と家の回りをうろうろと回ったがこれだと言う物は見つからなかった。
 またテレホンIが出ており電波を発射するとピンポンとチャイムが鳴ってしまう。次の6月の移動では何らかの対策が必要である。
 朝飯を終わって8時から出発予定の9時までの1時間を利用してCQを出した。(8時分~9時 50局)

 8時になるとなぜかしら雑音がなくなっていた。JA3FSN滝さんとJR5FMC中川さんとの交信後いきなり大パイルとなった。皆さんにサービスすべくサフックスを数局取り順次コールサインを確認しQSOを成立つせるべく努力をした。

 3エリアを中心に6、5、4、3、2と中距離が開けていた。このパイルを掻い潜って来た、1エリアの局がいた。JA1LHH古澤さんだ。「会社のクラブメンバーでは一番目です。今夜のクラブのオンエアミーティングで各局さんへ宜しく伝えてください」との伝言ををお願いした。

 9時までの運用を事前にアナウンスしながら、ショートQSOに協力を頂いていたが、8時45分に従妹のKさんがT叔母さんを車で送ってきてくれた。

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 せっかくだからちょっと挨拶をしてと親父とお袋からブレークがあったが、全国の皆さんの熱いパイルアップの中中断が出来ない。ちょっと待っていてとお願いし、約束の9時までは終了宣言をしながら必死にサービスをした。

 9時ジャストに一旦のQRTを宣言、待っていて頂いた全国の皆さん御免なさい。Kさんも私の運用が終わるのを待っていてくれたが時間切れでゴメンナサイ。

 9時に運用を切り上げ、親父、お袋と叔母2人と私にて墓参りに行った。
 小高い丘の墓に登るが、駐車場として利用する老人養護施設の駐車場はツツジの花が満開である。墓参りの後ツツジの花の前で記念撮影をし熊本市にあるお寺に向かった。

松橋バイパスを通り宇土市の郊外にて国道3号線に合流する道路を始めて通ったが、道路沿いの町並みや施設も昔とはかなり変り発展していた。

 予定より1時間も早くお寺に到着、間もなく坊さんが現れたが30代に見える若い坊さんだ。住職は他の法要があり私が代行するとの挨拶があり、17回忌法要が始まった。

 若い坊さんはお経が始まって数分後、後ろを振り返って「楽にしてください」と気を使ってくれる。ある時無理をして正座を続け、その後足の痺れが暫らく続き病院へ通ったことがある。
無理をせず、最初の数分を正座しその後は足を崩させてもらった。

b6お経の後のお説教では、「当宗教は故人をお送りするのが目的ではなく、故人との接点を通じて残された人達の生きて行く心の糧を見出すことにある」と説明してくれた。感謝の気持ちを忘れずに食事の時は「いただきます、ご馳走様」をきちんと言うことにしよう。

お経の後のぼん守りさんの話も楽しい。80才の同窓会の話や子供の躾けの話。年を取ったら3種類の趣味を持ちなさい。自分だけで出来る趣味、仲間グループでやる趣味、最後は体を動かすか頭を使うかのどっちだったかと思う。

 なんとアマチュア無線はこの条件にピッタリではないか、一人で出来る。地元の無線クラブに入ってグループでの活動ができる。また移動運用では山登りやアンテナ設営で体も動かす。頭も多少は使う、と3つの要素を全て持っている素晴らしい趣味だ。

 松橋町まで戻りおときをした。親父から参加者への出席のお礼と、故人について最近分かった事の一こまの紹介があった。

夕方は叔母さん達を車で送ったり、弟の家へ行ったりして無線を開始したのは19時20分となった。

第七章 会社クラブメンバーとの交信  

    (19時20分~21時00分 69局)

 日曜日であり、会社のクラブのオンエアミーティングの前の時間帯でもあり、メンバーからの応答が期待できると考え予めアナウンスしていた周波数で空きを探す。

 7.060が空いており早速CQを出した。7局ほど交信し1エリア関東が開けている事を確認した。そろそろパイルになりかけて来たので待機の局さんには暫らく待って頂くようにお願いし「ATACメンバー聞いていたら応答下さい」とグルーブ指定のCQを出した。これに応えて「こちらはマイクキロ・・・」早武さんだJH1MKU早武さんに「全国の皆さんにモテモテです大成功です」と伝えた。

 続けて「こちらはJL1OVB/1」国原さんだ。国原さんと岡本さんの名コンビは八丈島の少し先の青ヶ島に移動する情報を事前に貰っていた。ホータプル1で声が掛かったので無事到着した事が分かった。コールサインを確認しRSレポートの交換は出来たが、信号が弱く情報交換をする余裕はなかった。

 メンバー2局と交信し一般の方を待たせては悪いと思い一般CQへと切り替えた。さばくと言う表現は使いたくない。パイルアップに感謝しながらなるべく多くの方々へサービスをするために効率の良い交信に務めた。

 バンドは6エリア九州から7エリア東北まで幅広く開けていたためパイルが大きくなっている。

 20時27分7L3ATQ/1青ヶ島移動の岡本さんだ、先ほどの国原さんの時よりだいぶSが強くなっていた。20時43分JA1CKE星野OM、51分JR1MXX高橋さん54分JA1ZI小池さんと、4~5局づつまとめて取るサフィックスのグループに会社のクラブのメンバー局が1局づつ混じった。お互いにつぶし会わないように2mで連絡取りながら順番にコール頂いているような気がする。(後で聞いてみよう)20時45分からは21時終了宣言をしながらの交信をした。

21時より一息ついてビールを飲む
 久しぶりにゆっくりお袋さんと話をした。「子供が大学を卒業するまでは辛抱するしかないネ」とか励まされる。

 この時点で今回運用の累積は364局であり、明日の午前中も運用できるので、ひょっとすると500局出来るかもしれないと思った。

 一つ心残りがあった。必ず声を掛けると言ってくれていた星川さんと菊地さんから声が掛かっていない。菊池さんは仕事が忙しいのだろうか、呼んでくれていたがパイルに埋もれていたのかもしれない...と気になった。

星川さんなら電信をワッチしているかもしれないと考え22時16分より電信でCQを出して見た

  (22時16分~23時12分 電信 9局)

 一時間ほど電信で出ていたが、星川さんのコールは聞こえてこなかった。23時12分JG3DUU竹若さんとの交信でこの日を締めくくる 累積交信数 373局 明日頑張って130局やれれば500局を越える。

 今回の松橋町での運用計画は会社のクラブのメンバーには電子メールで知らせておいたが、その案内の中に運用予定周波数として7.040、7.060、7.075とアナウンスした。今回の運用で九州での夜間帯は7.075はジャミングで使えない事が分かった。

 そういえば以前に7Mにて別府の村上さん(「フランス料理の人」)と交信し7.075にQSYをお願いしたが、ジャミングで取れないと言われた事を思い出した。関東では夜間帯でも7.075近辺は問題なく利用できるが九州では全く使えないのだ。次回はもう少し詳しく調査してみたい。

第8章 四日目 最終日                

26日 月曜 5時に起床   

    (5時13分 ~ 7時27分 71局)

 5時13分 JA2BHV澤さんから声が掛りしばしJCAアワードの話等ラグチューを楽しんだ。ファイナルを送り通常だとすぐに誰かがコールしてくるが、月曜日の早朝だからかシーンとしている。

 5時36分青ヶ島移動の岡本さんから声が掛った。隣りにいるはずの国原さんにも出てきて頂いた。青ヶ島でのVUはあまり調子が良くないそうである。5時代はゆっくりと交信が出来たが6時を回った頃からパイルが始まった。

7時27分まで運用し朝食。

(8時50分~12時2分   55局 )

朝食後は平日のためかゆっくりとQSOが出来た。

(12時41分~13時47分 20局)

昼食後もゆっくりと交信が出来た。

 JL6GJV人吉市の大橋さんは移動運用サービスが好きとの事で松橋町でも運用サービスされたとの事。6月の運用計画を話し球磨郡にも行ってみたいと話しをしたら、是非アイボールをとのコメント頂いた。

 JA6ADA田中さんは今は熊本市へお住まいであるが、松橋町豊野村のご出身との事で西部中学の先輩でもあるとのこと。西部中学は今では松橋中学と名前が変り場所も変ったが当時は運動部が強かった学校だ。田中さんへも6月の移動運用計画をお話しし、「萩野の溜め池」での運用も予定していると伝え、お空での再開を約束した。

 JA6LVWさんからはワークバントで松橋町が欲しいとの要望があり最後まで待って頂き、10M、18M電信で交信しこれを最後に今回の松橋町運用を終了した。

 全国の無線愛好家の皆さんありがとう。

 延べ交信局数519局、JF1RWZ/6を要望により2局へサービスし計521局と思いがけなく沢山の局との交信が出来ました。本当にありがとう。

 バスの窓から見えていた阿蘇山や広大な草原での移動運用はきっと素晴らしいと思う。いつかはあの丘に車を止めてCQを出して見たい、と考えながら熊本空港を後にした。

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 熊本では今年は「未来国体」が開催される予定で県内が盛り上がっています。

JARL熊本支部殿のご厚意により熊本未来国体の記念QSLカードを分けて頂ける事になりJA6GRC開局33周年記念を合わせて印刷し発行する予定です。

              CU AGN 73

 

 

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